STORY

伝えたい、能登のものがたり。

STORY 01

能登半島の先端に伝わる 日本唯一の塩づくりに触れる。

能登の最北端、珠州の町に伝わる伝統的製塩方法「揚げ浜式製塩」。ただ塩辛いだけではなく、海の旨みと甘味がギュッと濃縮したまろやかな味わいの秘密とは。今回は「すず塩田村」で塩を作り続ける浜士(はまじ)の登谷良一さんをはじめ、職人さんたちにお話を聞きました。

浜士の登谷良一さん

昔は能登といえば稲田ばかりだったのが、このあたりは塩田だったんですね。

塩田村:
昔、物々交換の時代には、塩どんだけと米どんだけってやっとったよ。
NAGISA:
ここにおったら塩おにぎりがいっぱい食べられますね(笑)。贅沢な塩をたくさんつけて。
塩田村:
塩がおいしいから塩だけでいいもんね。おかずもいらない。
NAGISA:
時国家が栄えた北前船文化の時、塩も他の地域に輸出していたんでしょうね。
塩田村:
今も時国家の壁や土間に、ここの苦汁を使てるんよ。
NAGISA:
直すのに使ってるってこと?苦汁を使って固めてるってこと?
塩田村:
そうそう。かなり使ってるよ。湿気さすのが一番いいんやってああいうのは。
NAGISA:
苦汁の使い方ってそんなこともあるんですね。知らなかった。
塩田村:
わしもそのときまで全然知らんかった。なんでこんなとこに、なんのために使うんやと思った。

珠洲でここまで塩作りが続けられるというのは、環境的な面も大きいんでしょうか?

塩田村:
この辺りは塩づくりに適してるとは思うよ。海から塩田が少し遠くて、汲み上げる必要があるっていうのは条件が悪いと思うんだけど、内浦と外浦っていうのは日照時間が1時間違うの。
NAGISA:
だから外浦の方が多いんだ。
塩田村:
だから海岸沿いにずーっとやってるわけ。
NAGISA:
そうか、ここらへんだと先端に近いような場所だし…
塩田村:
ところがね、今は足場もよくしてあるけど昔はそうじゃなかったわけ。石を集めて塩田まで形を作って、それで塩田まで歩いてたわけ。時化ってくると全部壊れる。また全部組み直し。

このあたりはあまり風の影響は受けないんですか?

塩田村:
影響はあるよ。だから、風除けのために釜屋の屋根にネットかけてるの。形を整えるために。風の強いときはもう焚けない。風速10メートル越す日は僕は焚かない。荒焚きならできるけど、本焚きはやらない。風があるとどうしてもすすが落ちるから。
NAGISA:
焚きのときも天候の影響があるんですね。季節によって塩の味って変わったりするんですか?
塩田村:
そうだね、太陽がよく出てた日の塩のほうが美味しく出来上がるんじゃないかな。かん砂に塩分が多くつけばつくほどかん水の濃度が高くなるし煮詰めなくても良いから。
NAGISA:
かん水でとれる塩分濃度の限界ってあるんですか?15%くらい?
塩田村:
いやいや、最高22%まで取れたことがあるよ。
NAGISA:
えーっ。すごい。それは天候の関係ですか?
塩田村:
そうそう。

それによって荒焚きの時間を調整するということ?

塩田村:
そう。あとは焚き方で決まる。火加減。火加減で決まるよ。一番最後の段階は、薪を一度広げなきゃいけない。薪が集まっているとそこだけ火が強くなって部分的に煮詰まっちゃうから。今は杉の細かくしたのを使ってるんだけど、昔は僕たちは柴…柴って小枝ね、小枝でやってたよ。昔はね、おばあさんたちを連れて軽四に乗って山に行って、柴も取ってきてた。束ねてそこに置いといて、次の日にまた取りに行くの。
NAGISA:
薪置き場見てると、材質によって分けてるんですよね。これもこだわりですか?
塩田村:
そう。ちゃんと分けておかないと混ぜこぜになるから。火加減が変わってくるの。荒焚きの場合はなんでも良いんだけど、 最後の仕上げに関しては火配りをしないと、角が立ったような辛さが出てきたりね。これは約600リッター。わたしひとりでやってたときは1000リッターやってたんです。これの倍量くらいやってたよ。塩は200キロくらい取れてた。今は120キロだけど。今は見習いとかさしとる段階だから、今はこれくらいしかやらないんです。
NAGISA:
やっぱり少なくした方が作りやすい?
塩田村:
うん。焦げにくいもん。
NAGISA:
煮詰めていくと色が変わってくるの?
塩田村:
色は変わらない。ある程度塩分濃度が高まれば色は濃くなるよ。 でもこの状態はまだ塩分濃度30%も行ってないから。まあ、30%すぎるともう塩にならんのやて。苦いだけ。表面にまだ水があるっていって煮詰めすぎると、単なるしょっぱいだけの塩になる。

塩の風味を残すには、長年の経験と勘が必要。

塩田に模様つけるときに、人によって模様が違うって聞いたことがあるんですけど、そうなんですか?

塩田村:
模様に決まりはないからね。人によって作る模様は違うし、同じ人でも、砂の状態によっても違う。模様がどうというより、厚みを均等にするのが一番大切だから。
NAGISA:
海水を撒くときも均等に撒けるのがすごいですね。
塩田村:
あれが上手くないとね。最初に回りながら撒いたら、今度は逆回転に撒く。まんべんなく撒くのが大事。
NAGISA:
いろんな作業がありますね。今度は道具について聞きたいです。これは?
塩田村:
「いぶり」。これで砂を集めるの。
NAGISA:
これって引っ張るときは後ろ手に持つんですか?
塩田村:
砂を集めるときは後ろ手に持った方が体の負担が少ないからね。

いぶりを使う職人さん。

登谷さんが最初に教わった人って?

塩田村:
平成9年にここの社員になって、それから6年間は南さんに教えてもらいながら一緒にやらせてもらってたんです。教えてもらったというか見て覚えるしかしょうがなかった。無口な人だったから。酒飲みで頑固で(笑)。当時 「ガメの会」っていう飲んでばっかりいる会があってね。わたしもたまにいくと「おーい!(飲んでいけ)」と呼ばれて飲まされたもんやね(笑)。南さんが亡くなってもうずいぶん経つよ。
NAGISA:
南さんはもともと塩づくりやってた人なんですか?
塩田村:
そうそう。経験者。集まったのは経験者ばっかりだけど、みんな年行ってたね(笑)。
NAGISA:
南さんは無口で「見て覚えろ」というタイプの師匠だったようですが、登谷さんはお弟子さんにどういう教え方してるんですか?登谷さんは優しいから、手取り足取り教えてあげていそう。
塩田村:
そうするとね、なかなか覚えられないんだよね。塩づくりは一回失敗するとまた元に戻さなくちゃいけないし大変。
NAGISA:
失敗を戻す苦労も一緒に体験されてるってことですか。
塩田村:
うん。そうするとね、焚こうと思ってもいっこうに先へ進まないの。直さないといけないから(笑)。

「手塩にかける」って言葉がありますが、登谷さんにとって一番手塩にかけてる瞬間っていつなんですか?

塩田村:
やっぱり一番最後の仕上げのときだね。手加減、火加減、気配り。わたしらの時代は、窯の中に入ったら絶えず手にホウキを持って掃除をしていたね。周りをきれいにして、自分で自分を律して、そうやって気配りしてはじめて人に対しても気配りができるもの。そういう心持ちで塩を焚かないと 良い塩にならないよと。
NAGISA:
そこは師匠の南さんから受け継がれているところなんですかね。見せて覚えさせるっていう。
塩田村:
そうだね、怒るだけじゃなくてね、身を以て示すっていうね。
NAGISA:
皆さん見てるととてもコミュニケーションがうまく行ってる感じがしますね。
塩田村:
うん、仕事ではそれが一番大事。私はそう思うよ。
NAGISA:
お話聞けてよかったです。
NAGISA:
ところで(窯の中の煙で)すごく目が痛いんですが、登谷さんは大丈夫なんですか?
塩田村:
ああ、全然(笑)。こんなのは慣れやわいね。
NAGISA:
スタッフ全員、涙流して喉も痛くなってきました。ちょっと休憩!
塩田村:
あーだめやな、プロ意識が足りんな(笑)。一回入ったら出てこられんという意識を持って入ってもらわんと(笑)。

パチパチと薪が音を立てる。

NAGISADININGで塩づくり体験やるんです。

NAGISA:
NAGISA DININGに来てくださるお客様に、海の見える場所で塩を煮詰める体験してもらいたいなと思っているんです。塩って毎日食べるものですが、本当の作り方を知っている人って少ないと思って。ただ観光して楽しんで終わりじゃなくて、そのあとにもっと深くまで知りたいと思うような人に来て欲しいです。
塩田村:
塩づくりをちょっとでも知ってもらって、興味持ってもらって、珠洲まで足を運んでもらえたらいいね。

古いも新しいも共に大切にし、いつまでも変わらない本質を守っていくための唯一の方法は変わり続けること。
塩づくりの奥深さと能登自然の恵み。
その価値を伝えていく新しい形を、大切にする人と人とのつながりから作っていきます。

道の駅 すず塩田村

石川県珠洲市清水町1-58-1
TEL.0768-87-2040
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